今いくよの死因と壮絶な闘病|相方くるよと駆け抜けた最後の舞台
昭和から平成の演芸界を華やかに彩り、女性漫才師のパイオニアとして圧倒的な人気を誇った「今いくよ・くるよ」の今いくよさん。2015年5月に急逝してから歳月が流れ、2024年には最愛の相方・今くるよさんも旅立ちました。2026年を迎えた現在もなお、劇場文化を切り拓いたふたりの功績と、病魔に冒されながらも客席を沸かせ続けた凄まじいプロ根性は、多くの芸人仲間やファンの間で色褪せることなく語り継がれています。
スラリとした長身にド派手なメイク、付けまつげをパチパチと瞬かせながら客席を魅了したいくよさんを襲った病魔とは何だったのか。本記事では、公式発表された死因や闘病の経緯をはじめ、相方・くるよさんとの涙の絆、そして命を削ってマイクの前に立ち続けた「最後の舞台」の真相を紐解きます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:今いくよさんの死因は「胃がん」であり、2015年5月28日に大阪府内の病院で満67歳(享年67)で逝去しました。
- 要点2:抗がん剤治療を受けながら驚異の執念で舞台復帰を果たし、亡くなるわずか17日前まで劇場に立ち続けました。
- 要点3:2024年には相方の今くるよさんも逝去し、高校時代から半世紀以上を共に歩んだ伝説のコンビは天国で再会を果たしました。
【病名と最期】今いくよの死因は胃がん|公表から旅立ちまでの経緯
今いくよさん(本名:井川 延代 / いかわ のぶよ)の直接の死因は、進行性の胃がんでした。2015年5月28日午後5時58分、入院先だった大阪府内の病院で、相方の今くるよさんや親族、近しい関係者に見守られながら静かに息を引き取りました。
異変が表面化したのは、亡くなる前年の2014年9月のことでした。激しい腹痛や体調不良を訴えて医師の診察を受けたところ、進行した胃がんが見つかり、即座に入院治療が必要と診断されます。当時の吉本興業を通じて病状を公表したいくよさんは、予定されていた劇場公演やテレビ収録をすべてキャンセルし、治療に専念することを発表しました。
発見時点で病状は決して初期段階ではありませんでしたが、いくよさんは一切の弱音を吐きませんでした。「絶対に元気になって、もう一度くるよちゃんと舞台に立つ」という強い意志のもと、過酷な抗がん剤治療と副作用に立ち向かう闘病生活が始まったのです。
【奇跡の復帰】なんばグランド花月で見せたプロ根性と壮絶な闘病生活
医師や周囲の懸念を跳ね除けるように、いくよさんは信じられないスピードで劇場へと帰ってきました。休養発表からわずか3カ月後の2014年12月3日、吉本興業の総本山であるなんばグランド花月(NGK)の舞台で見事なカムバックを果たしたのです。
ステージに現れたいくよさんは、過酷な抗がん剤投与の影響で頬がこけ、以前よりもひと回り以上痩せ細っていました。しかし、トレードマークである華やかな舞台衣装に身を包み、入念に施されたアイメイクと付けまつげで完璧に「今いくよ」の姿を作り上げていました。客席から割れんばかりの拍手と「お帰り!」の声が飛ぶと、マイクを握ったいくよさんは自らの病気を堂々と笑いに変えてみせました。
「胃に穴があいて、漫才に穴をあけてしまいました」
痛烈な自虐を交えた第一声に、会場は大爆笑と安堵の涙に包まれました。舞台袖で見守っていた芸人仲間が息を呑むほどのプロ意識。病状の深刻さを微塵も感じさせず、テンポの良い掛け合いで客席を沸かせる姿は、まさに舞台に命を捧げた漫才師そのものでした。
【最後の舞台】亡くなる17日前のよしもと祇園花月|相方と交わした魂の漫才
奇跡の復帰を果たした後も、いくよさんの病状は一進一退を繰り返していました。通院しながら舞台に立ち続ける日々が続きましたが、2015年春を過ぎると体力の低下は隠せなくなっていきます。そして迎えた2015年5月11日、京都のよしもと祇園花月での出番が、結果としてふたりの「生涯最後の舞台」となりました。
この日のいくよさんは、楽屋で横になっていなければならないほど衰弱しており、自力で立ち上がることすら容易ではない状態でした。周囲のスタッフやマネージャーが出演を見合わせるよう説得するなか、いくよさんは「舞台に穴はあけられへん」「お客さんが待ってくれている」と頑として首を縦に振りませんでした。
出番の囃子が鳴り響くと、くるよさんにそっと肩を支えられながら舞台袖へ向かい、照明を浴びた瞬間、背筋をピンと伸ばしてセンターマイクまで歩み出しました。声を振り絞り、くるよさんのお腹を叩くおなじみのスキンシップを交えながら、持ち時間の漫才を完全にやり遂げました。ステージを降りた直後、いくよさんは倒れ込むようにして病院へ直行。亡くなるわずか17日前の出来事でした。
【涙の告別式】相方・今くるよが叫んだ「日本一の相方」とふたりの深い絆
いくよさんが旅立った直後、大阪市内の斎場で営まれた通夜・告別式には、桂文枝さん、西川きよしさんをはじめとする吉本興業の重鎮から若手芸人まで数多くの関係者が参列し、早すぎる別れを惜しみました。
誰よりも深く取り乱し、棺の前で涙を流し続けたのが、半世紀以上の年月を共に過ごした相方の今くるよさんでした。ふたりは京都明徳高校の同級生であり、ソフトボール部のキャプテン(いくよさん)と副キャプテン(くるよさん)として出会って以来、青春のすべてを分かち合ってきた間柄でした。会社員生活を経て漫才の世界へ飛び込み、当時はまだ男性中心だった演芸界で「女流漫才師」の地位を実力で勝ち取ってきた戦友でもありました。
出棺の際、くるよさんは棺にすがりつきながら「いくよちゃん、日本一の相方や!ありがとうな!」と絶叫。その声は斎場中に響き渡り、参列者の涙を誘いました。女性コンビとして初の上方漫才大賞を受賞するなど、数々の栄冠を手にしてきたふたりの絆は、ビジネスパートナーの域を遥かに超えた家族以上のものでした。
【今くるよの死因と現在】天国で再会を果たした名コンビの遺産
最愛の相方を失った後、今くるよさんは深い喪失感を抱えながらも、いくよさんの分まで生きようと弟子たちの育成やタレント活動を懸命に続けていました。しかし、2018年頃からは体調を崩しがちになり、テレビや舞台の露出が徐々に減少していきました。
そしていくよさんの旅立ちから9年が経過した2024年5月27日、今くるよさんも膵神経内分泌腫瘍のため大阪市内の病院で亡くなりました。享年76でした。くしくも、いくよさんの命日である5月28日の前日というタイミングでの逝去でした。
「今いくよくるよ」のふたりが旅立った現在も、上方演芸史におけるふたりの足跡が薄れることはありません。男性社会だった演芸界に風穴を開け、派手な衣装と体を張ったギャグ、そして確かな話術で頂点を極めたふたりの漫才スタイルは、現在活躍する多くの女性芸人たちにとって揺るぎない道標となっています。「今頃は天国の舞台で、ふたり並んで漫才をしているはず」――多くのファンや仲間たちが今もそう信じています。
【今 いくよ 死因】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:今いくよさんが亡くなったのはいつですか?享年はいくつでしたか?
A1:今いくよさんは2015年5月28日に亡くなりました。満67歳(享年67)でした。
Q2:相方の今くるよさんの死因は何でしたか?
A2:今くるよさんは2024年5月27日に膵神経内分泌腫瘍のため亡くなりました。奇しくも、いくよさんの命日の前日でした。
Q3:今いくよさんの「生涯最後の舞台」はどこでしたか?
A3:亡くなる17日前となる2015年5月11日の京都・よしもと祇園花月での漫才が最後の舞台となりました。歩行も困難な体調でありながら最後まで観客を笑わせ続けました。
まとめ:今いくよが遺した笑いへの執念と永遠のコンビ愛
今いくよさんの死因となった胃がんは、容赦なくその身体を蝕みました。しかし、病魔の影に怯えることなく、最後の瞬間まで「芸人・今いくよ」としての誇りを貫き通した生き様は、演芸史に刻まれる伝説となっています。
高校時代に出会い、苦楽を共にして演芸界の頂点へと駆け上がった今いくよ・くるよ。舞台の上でお互いを引き立て合い、客席に笑顔を届け続けたふたりの姿は、時を超えて今なお色褪せない輝きを放ち続けています。 (出典: 今 いくよ 死因(Yahoo!ニュース))